堀切菖蒲園の暗渠をたどる①

今回は、堀切菖蒲園のすぐ脇を通る暗渠をたどります。
堀切菖蒲園、行ったことありますか?

この暗渠道は駅からの最短距離でもあります。
ですから、堀切菖蒲園に来られた方ならまずこの暗渠を通っているはずです。

知人からの情報で、ここがかなり大変なことになっていると聞き、訪問してみました。
堀切菖蒲園からさかのぼっていくことにします。
訪問日:2010/6/20

ここが堀切菖蒲園の入口。
入場料は無料。
たまたま「堀切菖蒲まつり」をやっていました。
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菖蒲園の中はこんな感じ。
しかし、「きれいだねえ」などと言っている場合ではありません。
早く暗渠に向かわなければ。
ここはそそくさと出ます。
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園の前のここが暗渠ルートと思われます。
奥は綾瀬川で、そのすぐ向こうに荒川があります。
この辺の大きな川はかなり流路が変えられてますし、荒川は最初はなかったので、ここで合流していたというわけではないのでしょうね。
撮影位置の左手が堀切菖蒲園。
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振り向くとこう。
露店の向こうにきれいに整備された暗渠が続いています。
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しばらくは緑道のような暗渠が続きます。
ここは駅から堀切菖蒲園までの通り道。
だからきれいに整備されているのですね。
ここが汚かったら集客に響きますもんね。
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緑道は途中から普通の道っぽくなります。
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それでも蛇行は続きます。
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少し進んで振り返った写真。
この段差もここが川だったことを物語ります。
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駅に近づくと、左手にこんな像が建っていました。
「菖蒲七福神」だそうです。
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その隣には、今度は「堀切十二支神」ですか。
動物の神様のようです。
これは観光客の目を引きますね。
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面白いので、違うアングルでもお見せしましょう。
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広い通りを渡ります。
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その先の左手にはこんなマンホールも。
だんだん消えていくマンホールたち。
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さて、いよいよ駅を越えていきます。
駅の真下をくぐります。
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さあ、ここまでは何の変哲もない暗渠でした。
すべては観光客対策できれいにした、ということでしょう。
しかし、観光客の来ない駅の北側は驚くべきカオス状態となっているのです。

駅を越えた先はこのようになっています。
右のお店「小島屋」は魚がうまくて安いお店。
断然おすすめのお店です。
下町らしく店の造りも変で面白いですし。

・・・話を戻しますと、歩道部分が暗渠ですね。
歩道はすぐ終わっていますが、その場所には・・・
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橋の欄干が残っていました!
そして・・・

もうお気づきかも知れませんが、川があるべき場所に建物が建っています。
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先の方を見ると、ずーっと建物が建っています。
これはどういうことなのでしょうか。
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橋の親柱を見ると、こちら側は「元宮」まで見えます。
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左側の親柱には「もとみやはし」と。
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橋と建物の間をのぞいてみると、少し水がたまっていました。
やはり暗渠の上に建物が並んでいるようです。
あり得ない状況に遭遇してしまいました。
心臓がドキドキしてきます。

実は写真は撮っていないのですが、橋の隣の建物は本屋さんで、その床が鉄板敷きのようになっていました!
さすがに店内なので堂々と撮影はできません。
この時の驚きを写真でお伝えできないのは何とも残念です。
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ここからは当然ながら暗渠の上を歩くことはできません。
暗渠と並行して堀切中央通りという広い通りが走っていますので、そちらから右手を見ながら歩いていくと、次に建物が途切れる場所がここ。
赤い鉄板が敷いてあります。
鉄板の向きが普通の暗渠と違いますが、「鉄板暗渠」に間違いはありません。
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次に入れる所はここ。
この写真は入り込んで下流方向を見たところ。
暗渠の位置が建物と少しズレてきているようです。
見たこともない状況で鉄板が敷いてあります。
人が歩かない所なのでテキトーに敷いてあるようです。
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その次の場所は、こんな鉄板暗渠が続いています。
この手すりの左側を見ると・・・
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やはり少し水がたまっていました。
ここはまた位置的に暗渠の真上に建物が来ています。
ここは大雨が降ったら大変なことにならないのでしょうか。
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さらに先に回り込むと、建物と少しズレた位置に暗渠が出てきています。
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そして、コンクリ蓋暗渠となって、平和橋通りという広い道に出ます。
この短い区間で蓋のバラエティがすごい。
赤鉄板、黒鉄板、コンクリ舗装、コンクリ蓋、そして建物・・・
平和橋通りの手前には車止めが。
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平和橋通りを渡ったところ。
道の向こうに上の写真の車止めが見えます。

暗渠の続きの路面が少しひび割れています。
大丈夫ですか?!
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ふーっ、すごい。
衝撃で頭がくらくら。
いえ、エキサイティングだったと言っておきましょう。

どのような経緯でこのようなことになったのでしょうか。
想像はつかないこともないのですが・・・

この川の歴史に思いをはせつつ、次回はさらに上流へ向かいます。

が今回のルート、が次回のルート、は次回の「オマケ」ルートです。

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by ankyo-nekomatagi | 2010-10-07 18:54 | 江戸川区・葛飾区の暗渠 | Comments(17)  

Commented by 知人 at 2010-10-08 00:20 x
二点ほど訂正。本屋の床は、川に降りるための階段らしきものをコンクリで固めたものです。小島屋は魚もいいですが一押しは、チューハイ。元祖、下町の伝統的一品です。全く世話のやける…次回きよしの紹介も忘れずお願いします。
Commented by 猫またぎ at 2010-10-08 09:22 x
おわっと、本物の「知人」が出てきてしまいました。
私からほかの皆さんに説明しておきますと、ここの情報をくれた当人で、当日も同行していた人です。
堀切菖蒲園は“ほぼ地元”の人なので詳しいです。

私は本屋の床は、一瞬しか見ていなかったので、正確には覚えていなかったようです。

「きよし」はちゃんと草稿に入ってますよ!
Commented by lotus62 at 2010-10-08 10:41 x
すごい・・・・・・・・・・・・・・。
本当に頭がくらくらするほど衝撃的なレポでした;;;;。
何度も読んでしまいそうですw
Commented by 猫またぎ at 2010-10-08 13:05 x
ここを見つけた(というか、「知人」の情報で行った)時は、まだここが未発掘なのが不思議なくらいの気持ちでした。

後半は少しおとなしくなるので安心して下さいw
Commented by nama at 2010-10-08 13:07 x
すっ・・・・すご・・・!!わたしも心臓どきどきしてきました。
これは、まさかの、「家蓋」じゃないですかっ・・・・!!!ほへー!!
コリャ、蓋コレクションに入れなければ!いつかわたしも見に行きたいです。堀切菖蒲園、ぜんぜん行ったことなかったですが、ワンダーランドですね。カオスの方にぜひとも行ってみたいです。
Commented by 猫またぎ at 2010-10-08 18:09 x
えー!
namaさんの蓋コレクションに!!
ここを?
それは思いつきませんでした。

「家蓋」・・・響きがなんか変な感じですね。

どんなコレクション写真になるのでしょうか。
ほかの蓋写真と比べてメチャメチャ異質な感じになりそうですねww
Commented by tokyoriver at 2012-04-05 23:54
この記事のことをすっかり忘れたまま、現地で駅の北側区間、辿りました。そして最後は小島屋に立ち寄り。まさにカオス暗渠でした。
Commented by 猫またぎ at 2012-04-06 09:34 x
忘れておられましたか。
そうですよね。
私も先日の和泉川ツアーで、tokyoriverさんのサイトに書いてあることをご質問してしまいました。
現地に行かないとイメージは定着しないものですね。
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-27 18:07 x
My Dear 猫またぎ様,
 初めまして。「暗渠」で検索して,貴方様のサイトに辿り着きました。
 何と,最近で一番興奮した道筋が,第1回目に載っているではありませんか? 菖蒲園から駅までの道筋です。
 私がこの道筋を実際に歩いて見つけたのは,「迷子」のおかげ。導かれるようにして辿りました。そして,ここを「昭和初期航空写真」 goo 地図を見ると,立派な小川が写っていました。
 私の実感では,この川は人工の掘割ではない,自然の川だったのではないかという気がしています。妙にくねくね曲がるし,他の掘割とは途中で出逢わない。そして,いわくありげに菖蒲園や天租神社霊廟のすぐ側を通ります。きっと昔は名のある川だったのではないか?
 ひとつ質問があります。
 貴方様は,この菖蒲園の近くを流れていた小川の「昔の名前」を御存知ありませんか?
 ・・・
 貴方様の御活躍・御健康・御多幸を心より御祈り申し上げて居ります。
On August 27, 2012   Sincerely Yours,
            摂田 寛二(Kanji Setsuda)拝
             jag12001@nifty.com
Commented by 猫またぎ at 2012-08-27 19:07 x
摂田 寛二さん
おお、ここを歩かれましたか。
goo地図の昭和22年に確かに写っていますね。

この川の名前は、申し訳ないのですが分かりません。
調べ物は不得手な方でして、どうしたら調べられるのかも不明です。

ただ、明確な名前がなかった可能性もあると思います。
自分も子どもの頃江戸川区の下町(新小岩の方)に住んでいまして、近くにドブ川もありましたが、「ドブ川」としか呼ばれていませんでしたね。
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-27 20:50 x
My Dearest 猫またぎさん,
 早速の御回答,恐縮に存じます。
 そうですか。川の名前は御存知ありませんか? 地元の「知人」の方はいかがでしょうか?
 しつこいようですが,いささかこだわっている私なので。
 何だか,昔はきっと由緒ある川だったように思えてならないのです。
 実は,今大胆な「仮説」を考えています。
 ところで,その川の近くを平行して流れていたもう1本の川にはお気づきでしょうか?
 終点は同じですが,菖蒲園の所では,一筋南側の,園により間近に流れ,それからは少しずつ離れてゆきます。駅近くで天租神社社殿の間近を通り,駅の東口の方へ出るようです。
 途中までは,暗渠を辿れたのですが,堀切2−56の大通りの所で,わからなくなりました。
 その先どの道に暗渠があるのか,「暗渠名人」の貴方に伺うしかありません。
 無遠慮でごめんなさい。
 御元気で御活躍ください。  摂田 寛二拝
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-27 21:23 x
My Dearest 猫またぎさん,
 いつもぶしつけの質問をして,ごめんなさい。
 貴方のサイトを良く読みましたら,私の質問の解答が既に「堀切の暗渠をたどる②」の前半に示されていました。
 貴方は,駅の方から南下していますから,菖蒲園から北上する私は,反対に行けば良いわけです。
 でも,大通りに中断されると,本当にわかりづらい。暗渠フェチ泣かせです。
 あと,前回触れた川の名前ですが,これも「古隅田川」の支流の一つだったのではないか、というのが私の「仮説」です。
 「古スミ田川」は,江戸古地図の中でさえ,痕跡扱いですから,まともなものはもしかしたら,徳川家康の利根川東遷事業の以前にまで遡るかもしれません。その痕跡が残っていた・・・
 もうこうなると、ほとんど「空想」の世界です。
 童心に帰って,そんな妄想を楽しんでいます。
 御元気で御活躍ください。  摂田 寛二拝
Commented by 猫またぎ at 2012-08-27 23:53 x
摂田 寛二さん
あ、失礼しました。
前回、「分からない」と書いてしまいましたが、このシリーズの第2回で、「西井堀」に近いということを書いていましたね、私。
参考文献である「川の地図辞典」のルートが正確ではないかも知れないので、「西井堀」の可能性が高い、と申し上げておきましょう。

確かに古隅田川とはすれすれに通るところもありますので、元々は支流だったという可能性もないとは言い切れないかも知れません。

なお、金町の中央図書館に、葛飾区の明治時代の地図があります。
水路の名前までは分かりませんが、どこが水路だったかを知るには良い資料になると思います。

確かなことが言えず、申し訳ありません。
今後ともおつきあい下さい。
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-28 05:34 x
My Dearest 猫またぎさん,
 御丁寧なる御回答,有り難うございます。
 「西井掘」ですか。胸に確かに留め置きます。
 私が「古隅田川」の支流と推理した根拠の一つは,綾瀬川・荒川を越えた隅田川の東岸にあります。江戸古地図に「古スミ田川」の痕跡が描かれているのですが,この上流がどこだかわからない。
 その「古スミ田川」は,今の木母寺・隅田川神社のあたりにありました。昭和22年の航空写真にも写っています。その上流はどこか?
 視野を思い切って広げて,大きく俯瞰してみると,位置関係から見て綾瀬川に流れ込む菖蒲園近くの小川の出口があやしい。荒川放水路をどけて考えると,大昔は繋がっていたのではないかと,思えるのです。水戸橋近くの古隅田川では,いささか位置が遠い気がします。それでこれを「支流」と考えたわけです。
 無論これはあくまで空想ですが,貴方も堀川の終点の「出口」にはいつも注目されていらっしゃいましたよね。御理解いただける,と存じます。
 さらに良く研究してみることにしましょう。
 どうも有り難うございました。  摂田 寛二(Kanji Setsuda)拝
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-28 14:00 x
My Dearest 猫またぎさん,
 度々御邪魔して申し訳ありません。
 あれからネット・サーフィンして,素晴らしいサイトを見つけました。川上しのぶさんの「古代で遊ぼ」(http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/)です。既に御存知かもしれませんが,その中の「隅田川少孝」を御覧ください。
 縄文時代から江戸期までの隅田川周辺を,素晴らしい図版とともに論じていらっしゃいます。
 それで見ると,古角田川は不明ということで,?マークが付いています。
 でも,その図版に私たちの「小川」が載っていましたよ。やはり,あの川は古いようです。
 ただし,綾瀬川の変遷がいろいろあって,「新」だとか「古」だとか「旧」だとか付く綾瀬川が入り乱れて,とてもややこしいことになっていました。
 荒川に分断される以前から,綾瀬川に翻弄されていたみたいです。源流には,遠い。
 というわけで,私の「仮説」の古隅田川説は,しばらく撤回することにします。
 お騒がせしました。済みません。
 貴方様の御活躍を御祈りしています。  摂田 寛二拝
        http://homepage2.nifty.com/KanjiSetsuda/
Commented by 猫またぎ at 2012-08-28 15:49 x
摂田 寛二さん
ご紹介いただいたサイトは知りませんでした。
ああ、確かにややこしいことになっていますね。

私の方も何かわかったらお知らせしたいと思います。
いろいろとありがとうございました。
Commented by 摂田 寛二 at 2012-08-28 23:26 x
My Dearest 猫またぎさん,
 すみません。また質問したくなりました。
 この回の暗渠たどり旅の続きを御願いしたいのです。もっと北上して上流を目指すと,どこに行くのでしょうか。古い図面では,上流が描かれています。しかし,現在ではそれらしい痕跡がなかなか見つかりません。昭和22年の写真で見ても,川は平和橋通りと交錯するあたりで消えてしまっています。
 上流は昭和22年の時点で既に暗渠になっていると,考えられます。
 写真で見ると,大通りそのものが少し変です。西側だけに並木が植えられています。少し,幅も広がっています。南綾瀬小学校前・小菅2丁目,盲学校前,小菅3丁目へと続く大通りです。古い暗渠があるのではないか。
 今では,そんな並木はありませんが,マンホールの位置がそれらしい感じがするのです。
 でも,私は暗渠素人ですから,全然自信はありません。
 やはり,暗渠名人の貴方に鑑定を御願いしたいのです。
 上流はどこまで続くのでしょうか。
 無遠慮なお願いで申し訳ございません。御気の向かれた時に御検討ください。
 すみません。  摂田 寛二拝

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