入江川支流 足洗川をたどる④

足洗川の4回目です。
訪問日:2011/11/12

さて、この「大口1番街」商店街にぶつかったあと、右に曲がって商店街沿いに暗渠で進むようです。
ここから以降はほとんど暗渠らしさのない難しいコースとなりますが、ほぼ「大口通」と「七島町」の町境を通っているようです。
だとすると、
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この「大口通交差点」のど真ん中を左に曲がります。
ただし、古い地図を見ると、もう少し手前で左にずれて進んでいたように書いてあります。
左右に通っている広い通りは「第二京浜」。
左に曲がったら、この写真に見える「さかぐちでんき」の隣の八百屋さんの隣を右に曲がります。
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その前に、大口通交差点の手前にはこんな金網。
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のぞき込むと、水がたまっていました。
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第二京浜を少し進み、八百屋さんの隣を右に曲がる細道。
ここへ入ります。
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暗渠っぽい細い道。
左に曲がります。
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すぐ右に。
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右に曲がったすぐのこのあたりで町境は細道から斜め右にそれていきます。
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それていった先がこちら。
あの建物と建物のすき間でしょうか。
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反対側に回り込むと、不自然なシャッターですき間が埋められていました。
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ここで右を向いたこちらへ曲がり、すぐまた右へ曲がります。
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曲がった先は幼稚園の敷地内に続きます。
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回り込んでみると、この左側の幼稚園の敷地から出て来て、そのまま右の建物の真ん中を突っ切っていきます。
ちなみに、撮影位置のすぐ後ろは大口1番街の商店街です。
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前の写真から右へまっすぐ進むとこの商店街「あけぼの通り」に、写真左からぶつかりますが、足洗川はこの商店街にぶつかる直前に左折し、この写真の左に並ぶ建物の後ろの位置を写真奥の方向に進んでいたようです。
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しばらくは道路を通らないので、また回り込みますが、途中のこの細道がなかなか素敵。
はじめはここが流路かな、と思ってしまいました。
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未舗装の裏道。
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ちょっと飛び出したマンホール。
なかなかいい。
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足洗川の続きに戻ります。
足洗川はこの建物のすき間から出てきていたようです。
そしてここを右折(写真では左方向へ)。
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ちょっと角度を変えてみました。
右の端に見える建物の手前から出てきて交差点を渡り、右斜め方向の道沿いに進みます。
ちなみに、「あけぼの通り」商店街は、この交差点を右折した通りです。
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奥に見える交差点の手前で、
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左に曲がります。
ここはちょっと暗渠っぽい。
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1ブロックで、五差路の交差点に出ます。
そして、この交差点に面した左側に・・・
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これがありました。
朽ちかけた橋跡!
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橋名の表示を見たかったのですが、両側ともはずされていました。
しかし、すごいものが残っていたものです。
この橋の位置を見ると、川跡は道路ではなく、道路脇の敷地内を通っているのですね。
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ところで、この橋の前に一人のおじいさんが立っており、撮影のためにちょっとお声掛けしたところ、この川についていろいろと教えてもらうことができました。
ちょっと長くなりますが、以下に書いてみます。

・おじいさんはここの少し上流地点にある八百屋さんをやっている。この橋の土地もおじいさんの土地。
・このあたりが暗渠化されたのは10年ほど前。
(猫またぎ注: そんな最近?!)
・この橋の名前は「せきがみばし」。(猫またぎ注: 漢字でどう書くのかお聞きしましたが、「ひらがな」と言い張って譲られませんでした。何か漢字があると思うんですけどねえ・・・。「堰上橋」とか)
・八百屋さんのすぐ脇の位置に堰があって、田に水を入れる時期に水をせき止めていた。
・堰の脇には「咳止め神社」があった。「せきとめ」の語呂合わせで作られたのだろう。
(猫またぎ注: 橋名の漢字表記は「咳神橋」かも)
・この川の源流は白幡池で、大雨の時は白幡池の魚がここまで流れてきて取り放題になった。(猫またぎ注: この川の上流端は、距離から言ってこのシリーズの第2回の場所であって、白幡池は「支流」じゃないかと思うのですが・・・。白幡池は「源流の一つ」と捉えればいいのでしょうね)

このあたりの歴史を教えていただき、ありがとうございました。
ついでに、ここから下流の流路が、町境と本当に一致しているかも教えていただきたかったのですが、それははっきりと覚えていらっしゃらないようでした。
というか、ご高齢のため、うまくお答えを引き出せませんでしたw
いえ、違います。
私のコミュニケーション力不足がいけなかったんです。
いずれにせよ、貴重なお話をいただけて有難い限り。
満足です。


そして、五差路を左折して少し進むと、ここに出ました!
このシリーズの第1回のスタート地点です。
おじいさんのやっている八百屋さんはこの正面の建物ですね。
当日は営業中でちょっとこの写真を撮りにくかったので、この写真は別の日の撮影です。
足洗川は、写真正面奥の方から流れて来て、八百屋さんを回って写真右方向に向かっていました。
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で、この八百屋さんと中華屋さんの間の道が川筋だと思っていたら、そうではなく、左の中華屋さんの敷地の真下が川筋だとおっしゃってました。
かつ、正面の細い道はこの八百屋さんの敷地であると。
言われなきゃ分からないなあ、これは。


ところで、この足洗川に浦島伝説があると前回書きましたが、地元の人にとって浦島伝説は非常に思い入れが強いようで、何と地名まで浦島太郎にまつわるものにしています。
「浦島町」「浦島丘」「亀住町」「浦島小学校」「浦島丘中学校」など・・・。
すごい。
そこまでやりますか。
根性入ってます。
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さて、次回は白幡池からの流れをたどってみます。

(以下、2014/5/28補足)
コメント欄でOwlsさんに「ラーメン屋さんの裏の建物が撤去されてコンクリート蓋が見えている」との情報をいただき、現地確認してきました。

これはラーメン屋「黄鶴」の裏側。
確かに建物がごっそりなくなっています。
左のアーケードの下は薄暗くて怪しい雰囲気だったのですが、建物が退いて明るい雰囲気になりましたw
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これが撤去後の床面。
いわゆる暗渠によくある「コンクリート蓋」ではありませんが。
b0206463_163542.jpg


こんなすき間のある所がありました。
のぞき込んでも暗くて全然分かりませんw
しかし、下に空間があることは確かなようです。
はっきり内部が確認できなかったのは残念ですが、この下に川があったことは実感できました。
Owlsさん、ありがとうございました。
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それよりも現地でエラいことに気がついてしまいました。
例の「せきがみ橋」の橋名は外されていて確認できないと上で書いてしまいましたが、改めてよく見るとちゃんと書いてあるではありませんか!
前回はおじいちゃんとのお話に夢中になって、名前は書いていないと速断してしまいました。
経年劣化によって判別できないところもありますが、「せ」「き」「み」の三文字は読み取ることができました。「か」の字は漢字で書いてあるような気がしますが、よく分かりません。
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こちらは反対側。
何年に竣工したかが書いてあると思いますが、肝心の「何年か」が全然判読できません!
どなたか画像処理して解読してもらえませんかww
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あーあ、また詰めの甘さを露呈することになってしまいました。
まあいつも恥はかいてますからいいんですけど。
あと、この後近くの滝の川や反町川も歩き直して、ヌケがいっぱいあったことがすでに判明しています。
恥ずかしながら、後でご報告することにしましょう。

(以下、2016/5/10補足)
コメント欄でOwlsさんにいただいた情報を元に、補足記事を書きました。
大口商店街を左に折れて、あけぼの通りの裏に入るあたりの建物が撤去されて、川跡が現れたとのこと。
現地に行って写真も撮ってきました。
関心のある方はご覧になってみて下さい。
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by ankyo-nekomatagi | 2012-04-06 17:25 | 横浜市の暗渠 | Comments(36)  

Commented by Owls at 2012-04-08 19:40 x
こんにちは。
これだけ熱心に探索されるのは素晴らしいと思います。

あけぼの通り商店街の七島通通りに近い何件かの店は
川の上に立てられていたそうです。亡くなった母が以前
教えてくれました。今はもう無い商店は、暗渠の蓋を
開けて、勝手に生ゴミを川に捨てたりしてたそうです。
ドブ川になってしまうわけです(゜д゜)
Commented by 猫またぎ at 2012-04-10 13:03 x
「暗渠の蓋を開けて、勝手に生ゴミを川に捨てた」!
すごい。
地元の人ならではの生々しいお話ですね。
かつてはどんな川でも普通にごみが捨てられていたのでしょうね。
Commented by Owls at 2012-04-17 18:51 x
10年前に暗渠化という話しは間違いです。足洗川が埋め立られたのは83~93年くらいだったと思います。七島周辺が何時だったかは記憶がないのですが、20年以上前ということは間違いありません。ちなみに、中華料理屋さんの隣に以前は駄菓子があり、そこは川の上にありました。あけぼの通りの奥の方の何件かは川の上だったようです。

武蔵風土記という書物には足洗川の記述があり、川の水を水田に利用したという記事が載っていました。堰きがあって、水田に水を入れたという話しは本当の可能性が高いと思います。でもまあ、戦前の話しでしょう。
Commented by 猫またぎ at 2012-04-18 13:39 x
「10年前」というお話は私も非常に疑問に思い、何度も確認したので、そうおっしゃったのは確かです。
おじいちゃんの時間軸では「つい最近のこと」なのかも知れません。
そう言えば、「戦時中に空襲があって、この辺は一面焼け野原になった」というお話もしてましたね。
Commented by Owls at 2012-04-22 11:13 x
こんにちは。
あの中華屋さんの並びは、完全には埋め立てられていないかもしれません。
なぜなら、建物側面のした側には四角い穴があり、
そこに雨水が流れこんでいました。どうも、ある程度深さのある空間が存在してそうです。
中は暗くて様子がわかりませんが、足洗川の痕跡があるかもしれません。
大口通商店街~あけぼの通~七島商店街には、
足洗川廃止以前に家屋や商店が河川上に存在したので、
古い建築物下には、昔の足洗川の痕跡が残っているのではと思っています。

トンネルの件も、何かのついでに見に行ったら報告を書こうと思います。
Commented by 猫またぎ at 2012-04-23 09:22 x
> あの中華屋さんの並びは、完全には埋め立てられていないかもしれません。

あ、そうなんですか。
だとしたらそれも面白いお話ですね。
あの中華屋さんに入ってお話を聞くべきかも知れませんね。
私も機会をうかがってみます。
Commented by Owls at 2014-06-05 05:27 x
こんにちは。レポートおつかれ様です。
店舗が営業されなくなって長い時間が経過していたので、取り壊されるのではと思っていましたが、とうとう来たかという感じでした。まだ店舗が建っていたころ、中華料理店の建物側面に、小さな穴が開いており、そこから雨水が流れ込んでいるのを発見しました。どうやら、この建物の並びは完全には埋められてないのだろうとは思っていました。今回の取り壊しで、どうやら完全には埋められておらず、川の痕跡がありそうなことが確認できました。古い記憶を辿ると、この辺の川の深さはせいぜい1.5㍍位だったと思います。コンクリートの蓋の隙間から見える範囲では、2/3の位埋められてる感じなのかなと思いました。太陽光線のあたり具合で、水たまりらしきものが確認できました。それほど深くはなさそうなので、完全には川の痕跡がそのままというわけではなさそうです。その後は写真の状態ままで、何か工事がされる様子は今のところありません。
Commented by Owls at 2014-06-14 13:45 x
こんにちは。
緊急報告をします。
例のコンクリートの蓋の横の床面が一部陥没・崩落していました。写真で言いますと、コンクリートの蓋の奥の床面。やや赤色の床面です。ちょうど蓋との繋ぎ目あたりの真ん中が願没・崩落していました。深さ50~60㎝くらいの空間があるようです。暗くて中は良く見えませんが、空間が空いているのは確実です。どうも工事をしている様子はなく、何らかの原因で崩落してようです。また動きがあったら連絡します。
Commented by 猫またぎ at 2014-06-16 09:34 x
えー、崩落してましたか。
しばらくしたらまた見に行ってみましょうかね。
Commented by Owls at 2014-06-17 11:11 x
こんにちは。
また動きがあったの連絡します。

先日お知らせして床の崩落で横浜市が動きました。崩落した床に仮のプラスチックと思われる蓋を置き、中に侵入できなようにする柵を作る工事が開始されました。横浜市に連絡したご老人が工事現場にいたので、お話を伺ったところ、先日の大雨でボロボロのコンクリートの床面が水を吸収したらしく、重みで陥没崩落したとのことです。建物があったところは、まだ大人の背丈ほどの川の跡の空間が残っているので、子供が落ちたりすると大変なので、横浜市に連絡したそうです。やはり、建物があったとこには川跡がそのまま残っていたようです。工事が終わったら、また連絡します。
Commented by 猫またぎ at 2014-06-18 05:15 x
おお、大人の背丈ほどの空間が残っていましたか!
まさしく川の痕跡ですね。
しかし、今回のことで埋め立てられてしまうかも知れませんね。
情報ありがとうございます。
Commented by Owls at 2014-06-21 15:37 x
こんにちは。

崩落現場の工事がその後どうなったか見に行きましたが、とりえず柵を臨時で作って終わりみたいです。いずれは埋め立てするにしても、暫くはないみたいです。予算の問題もあるかもしれませんんし、まだ中華料理店が残っているのもあるでしょう。あそこも確実に河川の上でした。

また、ちょこちょこ見に行って動きがあったら報告します。
Commented by river at 2014-07-29 00:26 x
せきがみ橋の竣工は…
頑張って見たら
~~年二日とかいてある気がしました
Commented by Owls at 2014-07-29 03:22 x
こんにちは。

こないだの崩落場所。しばらく見に行ったら、崩落場所だけ
アスファルトで工事されていました。まんまと中の空間を
見る機会を逃してしまいました。全部はうめられてはいないと
思いますが、貴重な機会を逃してしまいました。残念。
Commented by 猫またぎ at 2014-07-29 09:28 x
riverさん
ああ、確かに「年」は見えますね!
ということは、その下は「二日」ではなくて「二月」でしょうか。
現地では指で触って読み取ろうとしたのですが、なかなか難しかったです。
ますます竣工年が知りたくなってきちゃいましたねえ。

Owlsさん
これはちょっと仕方のないことではないでしょうか。
空間が残っているらしいと確認できただけでも私たちは幸運だと思います。
Commented by river at 2014-07-29 22:57 x
曖昧の方が強いですが 橋の[竣工]という文字が上の方に見えた気がしました しかし強引に解読したのでね^^;
Commented by 猫またぎ at 2014-07-30 09:59 x
riverさん
なかなか難しそうですね。
Commented by river at 2014-07-30 22:44 x
ついにわかった気がします
目をこらすと昭和三年と書かれている気がしました
Commented by 猫またぎ at 2014-07-31 09:38 x
すごいですね。
ここまで来ると特技と言っていいのではないでしょうか。
今度現地に行ったらもっとよく調べてみます。
Commented by Owls at 2014-08-01 19:44 x
私も昭和3年だと思います。
何故かというと、たぶん昭和23年の頃には
大口通り1番街から七島商店街あたりまでは
暗渠化されていたのではと思います。川は
流れていましたが、川の上に住居や商店が
建ったのはこの頃だと思われます。昭和32年には
既に暗渠化されています。

暗渠化された頃に橋ができたとは考えにくい。
昭和13年ではないようなのだで、消去法的に
昭和3年じゃないかと思います。
Commented by river at 2014-08-02 08:41 x
予想が当たってたら嬉しい^^
Commented by Owls at 2014-08-04 00:01 x
こんにちは。

グーグルで足洗川で検索すると、足洗川沿岸の住民ー個別調査というPDFが出てきます。終戦直後から昭和40年代くらいまでの水害の凄まじさが書かれています。関心がある方はご覧になってください。やはり、終戦直後あたりから河川の上に家屋や商店が建てられたことをうかがわせる記述もあります。小河川ながら、大雨の時は猛威をふりるったことが記載されています。
Commented by Owls at 2016-05-03 14:44 x
お久しぶりです

足洗川について最新の情報です
大口商店街の能登屋という
ちくわとか練り物を売ってる横の奥に
暗渠だった部分が顔を出しました
上にあった建物が無くなったからようです
川の両脇の石垣が残っている状態です
2/3の位土で埋められた状態になってました
今、柵で中に入れないようになってますが、
柵の外から見られる状態です
川幅は足洗川の石碑付近と同じ位です
もしかしたら、近々完全に埋められるかもしれません
Commented by 猫またぎ at 2016-05-04 19:14 x
Owlsさん
お久しぶりです。
いやいや、また行かなくちゃいけなくなっちゃったじゃないですか(笑)。
近いうち訪問してみます。
いつもありがとうございます。
Commented by Owls at 2016-05-04 21:12 x
こんにちは

たまたま商店街に買い物に行ったときに偶然発見しました
見たときは驚いたと同時に感動しました
長年探索を続けていた足洗川の痕跡をついに見ることができました

おそらく60年以上建物の下に隠されていたと思います
足洗川が埋め立てが始まったのは1983年頃ですが、
大口から七島にかけては川がまだあった時代から暗渠でした
終戦直後のドサクサで暗渠化され川の上にも建物が
建設されてしまったようです
台風とかの時は簡単に水があふれて大口商店街を
水浸しにしたそうです

もっと川幅が狭いと思ってましたが想像以上に
川幅が広くて驚いています。川底は石垣の上から
2段目くらいまでのとこまで埋め立てられています。
場所は写真の幼稚園の先、能登屋の手前の左を見れば
わかると思います
Commented by 猫またぎ at 2016-05-06 10:41 x
Owlsさん
早速昨日のこどもの日に行ってきちゃいましたので、後でご報告します。
ついでに、「おせっかい」さんに教えていただいた菊名川の支流についても見てきました。
結構な写真数になるので、まとめて新規の記事にしようかと思っています。
ありがとうございました。
Commented by よしりん at 2016-05-11 00:19 x
西新井堀でたびたび書かせて貰いましたが、今は横浜在住なのです・・だはは
横浜市で出している地図で、昔の三千分の一の地図がHPで見られます。昭和18年「白幡」を見ますと、「セキ神」と橋名が見えました。
リンクが張れないようなので、横浜市のHPからご覧下さい。
昭和18年なので、大口あたりも家は少ないですね。

ご健闘?お祈りします。
Commented by 猫またぎ at 2016-05-11 09:46 x
よしりんさん
ああ、今は横浜にご在住ですか。
横浜市建設局都市計画課のHP上の地図の存在は、「おせっかい」さんに教えていただいて知っていましたが、この記事の頃はまだ知らなかったですね。
なので、記事の中に地図を入れていませんでした。
確かに「セキ神」の地名記述がありますよね。
しかし、橋名かどうかははっきりしないように思います。
神社の名前か、地名だった可能性も高いのではないでしょうか。

横浜市の暗渠もかなり探索していますので、よかったら見ていってみて下さい。
Commented by H at 2016-05-15 22:58 x
初めまして。
東京城南地区、川崎市、横浜市の川と用水を探索している者です。
以前より拝見させていただいております。
いつも詳しい情報をありがとうございます。

さて、能登屋さん左横を入ったところの足洗川の痕跡に関する情報ありがとうございました。
本日早速見に行きました。
私もこの辺りの痕跡を探っていたので、感動しました。

そのすぐ南側に西に向かう未舗装の路地があります。(入口の幼稚園付近は舗装路)
右手に空き地があるのですが、その奥が窪んでおり、もしやと思って少しだけ失礼したら(申し訳ありません)流れの続きを発見しました。
鉄骨によるハシゴ式開渠跡のようです。
ただ、あけぼの通り側の出口は相変わらずわかりませんでしたが、Google航空写真から推定すると、ナカトミ書房の右側の引き戸あたりではないでしょうか?

猫またぎさん、Owlsさんのご意見をいただければ幸いです。
Commented by Owls at 2016-05-16 09:21 x
Hさん、はじめまして

はっきりはわかりませんが、
私もそのあたりから七島の交差点あたりまでは
川の上に店舗が建っていたと思っています

実際、もう少し先の店舗は川の上に建っていたとの
証言も実際に聞いています。今はもうありませんが、
七島の横断歩道付近には川の上に店舗がありました。

今回の川跡が現れる前に幼稚園のグランドで
大規模な工事をしてたので、もしかしたら
川跡が出てくるかなと思い、ちょくちょく見にいってました。
しかし、その工事で川跡らしきものは発見できませんでした。
私も大口通と七島の町境がそのまま川筋だと思ってました。

今回の一件で川筋と町境が一致してないことに驚いています
まさか、あんなとこに川跡があったとは・・・・
町境には痕跡が見つけられないわけです

おそらく、ご指摘の地点あたりから七島にかけては
まだ建物の下に川跡が残っていると思います


Commented by 猫またぎ at 2016-05-16 10:14 x
Hさん
その「未舗装の路地」は、記事にも書いてますし、写真も掲載してます(15~17枚目)が、そこから暗渠にアプローチできる場所があるとは全く気づきませんでしたね。
今までは町境が暗渠のルートと思っていましたので、あけぼの通りには出てこないで、西側の道に出てくると思っていましたが、補足記事に書いた通り、今回Owlsさんが発見した場所は町境とはずれた位置にあります。
町境が信用できないとなると、確定的なことは私には何も言えませんね。
本来なら本気を出してお店の1軒1軒に取材して確認すべきなんでしょうね。
いや、やるかどうか分かりませんけれども(笑)。
Commented by H at 2016-05-16 23:15 x
Owlsさん

おかげさまで能登屋さん横の足洗川跡を見ることができ、感謝しております。
私は大口住人ではありませんが、ハマ線沿線で何度か足を運んでいたので、感激ひとしおです。
ありがとうございます。

川の上に店舗や住居が建っているのですから、川跡が見つけられないわけです。
とても珍しいと思います。

今回私が見た鉄骨のハシゴ式開渠跡と思われる箇所の前後も、住宅の物置が川をまたいでいました。

ここからどういうルートで上流につながっていたのか、今後も研究したいと思います。

よろしくお願いいたします。
Commented by H at 2016-05-16 23:26 x
猫またぎさん

ありがとうございます。
未舗装の路地は書いて下さっていました。
失礼しました。

私が以前訪問した際に空き地は無かったように思いますし、Google航空写真でも空き地は見当たりません。
それなりに草は生えていたのですが、比較的最近取り壊されたのかもしれません。

目は良くないのですが、本能的に川跡だなと思って近づいたら、鉄骨のハシゴ式開渠跡と思われる物件でした。
奥深い川ですので、また尋ねたいと思います。
猫またぎさんおっしゃる通り、できれば一軒一軒インタビューしたいものです。

よろしくお願いいたします。

Commented by 猫またぎ at 2016-05-17 09:52 x
Hさん
以前は空き地はなかったし、Googleの航空写真にも空き地はない......ということは、また行かなくちゃいけない、ということですね!
上の撮影の時にはこの裏手の道は通りませんでした。
またもや不覚を取ったようです。
上の記事にさらに補足することになるかもしれません。
情報ありがとうございます!

今回のOwlsさんからの情報は、間もなく新しい建物の下になってしまうでしょうから、大変貴重な情報でしたよね。
Hさんからのこの情報も、いつか見られなくなってしまう可能性が高いように思います。
近いうちに再訪します。

Commented by H at 2016-05-18 03:26 x
猫またぎさん

ご返信ありがとうございます。
ぜひご来訪下さい。

最近は地元の新治市民の森に凝っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
Commented by Owls at 2016-05-18 18:01 x
こんにちは

私も地元でありながら
そんな重要ポイントがあるとは知りませんでした
川筋が隠れていそうなこと地点だとは思いましたが・・・
私も時間があったら調査に行きたいと思ってます
ただ、人通りが多い時は避けようかな(笑)

川筋と町境が一致してない部分もあるのですが、
白幡の変電所横から写真の七島の交差点までは
間違い無く町境と川筋は一致しています

川にまだ水流があった時代に暗渠になってたのは
写真でいうと八百屋さんの向かい側の地点から石碑の地点まで
八百屋さんの向かい側も以前は川の上に店舗がありました
おそらく中華料理屋さんの下にも川跡が残っています
七島の交差点付近までは所々開渠しており流れを見ることができました
完璧に川筋がわからなかったのはあけぼの通りから石碑までの地点
石碑の横にも以前は店舗があり、細い道を入っていかないと
川があることがわからなかったほどでした
調べてみると昭和32年の住宅地図では既に大口通りは暗渠化されており、
地図には川があることはわからなくなっていました

今回の川筋登場は実に60年以上の時を経て姿を現したことになります
それだけ感動しています
今回の衝撃の川跡登場は実に60年以上の時を超えて姿を現したのです

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