滝の川右支川(反町川)をたどる①

皆さん、明けましておめでとうございます。
年末年始にかけてちょっとブログ休憩していましたが、今年もぼちぼちやっていきますよ。

以前、横浜市の「滝の川」をたどりましたが、その支流である右支川=反町川(たんまちがわ)はあまり興味が持てなくてほったらかしにしていました。
しかし、再訪してみて、データも揃ってくると、なかなかいい暗渠なのではないかと思えてきました。
これから何回かに分けてご報告します。
訪問日:2011/10/30、2013/7/27

これはGoogleEarthの地形陰影図。
右上から上の真ん中あたりに向かって伸びているのが滝の川の本流。
図の右側の「一本松」と書いてあるあたりから左に伸びているのが、今回たどる右支川(反町川)です。
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右支川(反町川)と滝の川本流は、ここ、第二京浜の「二ツ谷交差点」の下で合流しています。
近くだと見にくいので、JRの線路より南側に回って撮ってみました。

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ズーム。
左に見えるのが右支川(反町川)。
右に2つ見えるのが本流です。
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合流口のすぐ上にやってきました。
「境橋」。
右の広い道は第二京浜です。
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第二京浜の反対側に来ました。
開渠だった頃の橋跡が残っていましたよ!
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反対側から。
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橋の先は駐車場になっています。
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駐車場の端まで行くと、建物が建っています。
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少し先に進むと、川跡らしき痕跡が現れました。
この歩道のところがそうなのでしょう。
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先へ進むと、隔離された不自然なスペース。
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そしてここで京急東急東横線の線路跡を越えます(京急東横線は現在は地下化)。
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越えたところから急に左に曲がっていきます。
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歩道部分が川跡でしょう。
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ここで広い道を越える。
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ここからは整備された緑道となっていきます。
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ところどころにこういう橋跡の表示が足元に埋められています。
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「三ツ沢せせらぎ緑道」というのですね。
ダミーとおぼしき水流もここから始まっています。
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こんな湧水が流れ込んでいるところもありました。
左側は急崖ですからね。
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ちょっと分かりにくいですが、ここは左から支流が流れ込んでいます。
ここは後でたどることにして、本流を先に進みます。
今回はとりあえず本流を全部たどってしまう予定ですのでね。
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倒れたけやきの木が保存されています!
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この川の名前を表記した石碑です。
これがなければ、川の名前すら忘れられてしまうのでしょうね。
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さて、一瞬普通の道になったように見えますが、先に続いています。
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おお、上流方向なのにこの下り坂。
元々の状況とかなり違っているのでしょうね。
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でも、このくねくね蛇行感はなかなかいい。
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ここで左手から何かが合流してきているように見えます。
左の金網のところ。
こちらはあとで追跡します。
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本流は「三ツ沢上町」の交差点をくぐり、ここに続きます。
「滝ノ川あじさいロード」。
ここでは「反町川」ではなく「滝ノ川」の表記となっています。
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「滝ノ川あじさいロード」に入るとすぐに右から支流が合流。
こちらも後回しです。
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左手の崖が高い。
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そして途中を大幅に省略し、ここに出ました。
歩道が途切れ、ここから開渠です。
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開渠ですが、道がなく、たどることはできません。
回り込みます。
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回り込む途中にあったバス停。
「三ツ沢池」。
そして、この右の道も「大池道路」。
かつてはこの近くに大きな池があったらしいのですが、今はその姿を消しています。
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さて、回り込んでまた開渠にたどり着きました。
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そして最後は横浜国立大学の敷地の一歩手前で開渠は終了。
地形的にもここを上流端とすべきでしょう。
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大学敷地内には側溝がありますが、学内ゆえ追えませんし、ここで終了としておきましょう。
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次回は、緑道のところで左から合流していた2本の支流をさかのぼります。
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by ankyo-nekomatagi | 2014-01-07 12:00 | 横浜市の暗渠 | Comments(14)  

Commented by おせっかい at 2014-01-09 22:13 x
おめでとうございます。
お久しぶりです。
反町川、うれしいです。
私がはじめて川筋探しに目覚めたところなので...
三ッ沢池のバス停の横の三ッ沢住宅が三ッ沢池の跡地です。
用水池で養殖やボート遊びもあったそうですが面影はありません。次回が楽しみです。
Commented by Owls at 2014-01-12 10:17 x
すみません。
また書くとこ間違えてしまいました。

反町川は暗渠化が早かったと記憶しています。
神奈川区小河川の中では、反町川、滝の川、足洗川、入江川上流部の順番で埋立・暗渠化されたと記憶しています。ただ、最深部が残っているのは反町川なんですよね。

私のイメージでは、別々の二つの川がスケートリンク付近で合流してるという感じなのですが、公式表記は滝の川右支川なんですね。その昔は、選択ができるくらいきれいな川だったそうですが、私の記憶にあるのはドブ川でしかありませんでした。

滝の川との合流点あたりには河童がいたなんて昔話も残っているようです。河童が住むくらいだから、けっこうきれいな水が流れていた川だったのでしょう。
Commented by 猫またぎ at 2014-01-12 11:21 x
「おせっかい」さん
ああ、池は反町川からもバス停からもこんなすぐ近くだったんですね。
まだ古地図を見ていないので、全然分かっていませんでした。
ありがとうございます。

Owlsさん
そう言えば上流が開渠で残っているのはここだけですね。
昔はきれいな川だったのでしょうが、確かに今では想像もできませんね。

お二方ともコメントありがとうございます。
地元の方にコメントをいただくのは本当にうれしいことです。
埼玉の辰井川について20回も記事を書きましたが、地元の方の反応はゼロでしたね。
期待していたわけではないんですけれども。
Commented by Owls at 2014-01-13 03:26 x
こんにちは。

古地図を見ると、やはり緑道手前あたりに支流があったようですね。最近の道路地図には、横浜国大の敷地内にも支流が画かれています。まあ、側溝程度なのでしょうが、詳細はわかりません。

こういう小河川でも、結構支流があったりして面白いですね。地元でも反町川、足洗川みたいな小河川あったことは忘れられてきています。こういうかたちで昔あった川を紹介してくれるのは、地元の人間にとっとも嬉しいです。
Commented by 猫またぎ at 2014-01-14 13:49 x
Owlsさん
はい、古地図ですね。
この川に関してはまだ古地図を参照していませんでした。
一度菊名の図書館に行ってみなければ、と思っているのですが、ヒマがあれば歩きに出てしまうのでなかなか行けないでいますw

地元の方に励ましをいただいてうれしい限りです。
こんな超マイナーなブログですが、やっていた甲斐があったと思えます。
反町川もあと4回記事にしますので、よろしくお願いします。
Commented by おせっかい at 2014-01-17 17:13 x
ご苦労様でした。②ドキドキしながらよみました。
最初にたどった支流に昔水車があって(高野さん)この地域の大きな地主さんでした。2回目にたどった支流の所にも水車があって(藤巻さん)ここも大きな地主さんで交番の辺りも藤巻家の物だったようです。実は古地図を見ると交番の裏側は川跡でなくただの道跡のようです。川はヤナセの辺りで一号線を渡り常盤台と呼ばれる畑の絞り水だったようです。新しく舗装された道の歩道にある歩道橋の下に分水があって左側つまり三ッ沢公園の池まで続く暗渠があります。そちらがメインだったと思います。もうひとつ、反町川にはもう一つ支流があって反町駅近くの横浜銀行辺りで別れて泉町、沢渡、北軽井沢へと辿れる暗渠があります。こちらも面白いコースです。
ちなみに古地図は横浜市 建築局 都市計画課のホームページで見るころができます。おせっかいでした。
PS:噂では藤巻家に河童の甲羅が家宝として保存されているそうです。
Commented by おせっかい at 2014-01-17 17:28 x
書き忘れました。最後の方でたどった暗渠(自衛隊駐屯地の下側)は国大のグランドのある丘の東斜面が上端で谷戸の水田の用水だったそうです。(藤巻家の所有)と言うより横浜新道につながる一号線自体がほぼ水田でそこに吉田茂が大磯までの直線道路を作れと命令して通した道路です。地図を見ると異様に直線ですぐわかると思います。なので交番の裏のように元の道が一部残っていたりします。
Commented by 猫またぎ at 2014-01-18 11:42 x
「おせっかい」さん
おお、水車があったのですね。
交番の裏は道路でしたか。
広い道路が通ってしまって、この辺は痕跡皆無なので残念です。

横浜市のホームページはすごいですね!
ここを知ったらもう図書館に行かなくてもすみそうです。
貴重な情報、ありがとうございました。
Commented by river at 2014-08-06 08:37 x
11枚目の写真、地下化したのは京急線ではなく、東急線ですよ!
あと、境橋の上流側に僅かにコンクリート蓋が見える気がします!
Commented by 猫またぎ at 2014-08-06 12:44 x
あ、しまった。
確かに東急東横線ですよね!
後で訂正しておきます。

駐車場の下は確かにコンクリート蓋のようにも見えますね。
もうちょっとよく見ておけばよかったです。
機会があれば確認しに行こうと思います。
Commented by 最後のおせっかいです。 at 2014-08-07 12:19 x
スケートリンク建て替えの工事が始まってしまいました。

確認は不可能になる可能性があるので行っていきました。できる範囲で写真も撮りましたがスマホなのできちんとは撮れていません。
後程いつものところにアップしておきます。

お節介もすぎるといけないのでこれを最後にしたいと思います。

この公園は戦後初の博覧会の会場だったり、スケートリンクの建物は戦前の戦闘機格納庫を移築したものだったり、まだ珍しらしかったジェットコースターのある遊園地だったりしました。
空襲前は遊郭でしたが今は芸者さんではなく「ゲイ」の方々の「ハッテンバ」ということで有名です。夜は歩けません。2年後に完成予定らしいです
Commented by river at 2014-08-07 23:18 x
ゲイ…
Commented by 猫またぎ at 2014-08-08 11:34 x
ずいぶんと変遷のある施設だったのですね。
そして公園の方も...。
Commented by Owls at 2014-08-09 03:55 x
スケートリンクは建て替えですか。
昔遊園地があったという話、それ以前は遊郭が
あったという話は聞いたことがあります。
新子安駅のオルトのあたりは、終戦直後は米軍兵舎が
あり、埋立地の瑞穂町は今でも米軍が使用していたと
思います。米軍兵士相手の人達がいても不思議がない
立地条件ではあります。

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