横浜・滝の川をたどる⑥

最初にお知らせです。
コメント欄でOwlsさんに情報をいただき、足洗川の上に建つラーメン屋さんの裏の建物が撤去されていてコンクリート面が見えているとのことなので、確認してきました。
このページをご覧下さい。
ページの末尾に情報を追加しています。

では、本論です。
横浜の滝の川をたどったのはもう随分前。
2011年のことですから、3年前ということになります。
上記の事情で足洗川を再訪したついでに、この辺のまだ行っていない谷を探っていたら、まんまと痕跡が残っていたのでご報告することにしました。
訪問日:2014/5/5

まずはこのGoogleEarthの地形陰影図をご覧下さい。
今回訪ねたのは赤い矢印の谷です。
ちなみに、赤い点をポツポツつけているルートが滝の川の本流で、水色の矢印の位置が「六角橋交差点」です。
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とは言っても、最初は全然それらしき痕跡がありません。
合流地点などももちろん分かりません。
この道が一番低い位置のはずですが。
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こんな階段を登ったりとか、全然暗渠らしくないですね。
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一応谷の終わりまでたどってみようと思って歩いていると、ちょっと怪しい箇所に遭遇。
この変な形の歩道が私のアンテナを刺激します。
なお、この場所は上の地形陰影図の赤い矢印のあたりです。
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と思っていたら、その先にありました!
細い側溝クラスの幅ですが、隔離された川の痕跡です。
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奥をのぞき込むと、カクカクと蛇行しながら進んでいるようです。
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先に回り込んでみると、崖の脇を進んできていました!
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道路の奥まで行ってみました。
これ以上先には入れませんが、先ほどの場所につながっていることは間違いありません。
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なお、これより上流はもう全く痕跡はありませんでした。
中流域のこの一箇所だけに残っていた痕跡です。
期待していなかっただけに、興奮しましたね。

次いで、西隣の谷を訪問してみました。
こちらも下流の方にはほとんど痕跡はありません。
しかし、赤い矢印のところから怪しい道が始まっていました。
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この道ですね。
この写真の左隣を走る一直線の広い道からそれていく感じで進んでいきます。
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崖脇の道となって期待がふくらみます。
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そしてここに出ました!
今歩いてきた道が暗渠なのかどうかは分かりませんが、写真左に見える金網は、紛れもなく本物です。
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隣の敷地からのぞき込むと、うむー、暗渠なのに一瞬顔を出して、すぐにまた写真右方向の地面の下にもぐっていきます。
これは妙だ。
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上流の方を見ると、完全にコンクリートで覆われています。
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カクカクとした段差を経て、さらに上流に続いています。
紛う方無き川の痕跡です。
こんなにはっきりした痕跡があったんですねえ。
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隣の駐車場に入らせてもらい、一番奥まで行ってみました。
ここを歩いてたどりたい欲求にかられましたが、さすがにやめておきました。
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この桟の形も変わっている。
見れば見るほど奇妙な暗渠を発見することができました。
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しかし、ここより先には続きを確認できる場所はありませんでした。
どこかの住宅から裏を見れば上流端が分かるのでしょうが、それは言っても詮無いことでしょう。
面白いものを見つけられたことで満足しましょう。
次回は、滝の川のさらに西の谷を探ります。
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by ankyo-nekomatagi | 2014-06-03 12:00 | 横浜市の暗渠 | Comments(11)  

Commented by ほわいとふらっぐ at 2014-06-03 21:22 x
久々の横浜の暗渠のリポートですね。滝の川といえば、過去の記事でも触れておられましたが、京急からもよく見える水上住宅がどうしても印象的ですね。本文中の「階段暗渠」は私の地元にもあって、かつてはちょっとした滝のようになっていたと聞きました。滝の川のそれがそうかはわかりませんが、段差も多く存在しているとなると、そこそこ急流だったのでしょうか。ちなみに近所の暗渠はことごとく汽水域のため、暗渠の中まで干満が影響しており、この時期はボラのいい繁殖地になっています。リポートの続きを楽しみにしています。
Commented by 猫またぎ at 2014-06-03 23:34 x
階段のところは、左側が側溝のようになっているのでちょっと気になっているところです。
おっしゃるように、元は滝のようだったではないかと。

なるほど、海に近いところでは影響があるのでしょうね。
暗渠の中に魚がいるなどということは想像したこともありませんが。

またよろしくお願いします。
Commented by Owls at 2014-06-05 05:36 x
段々になってる暗渠は面白いですね。
滝の川の名の由来は、どっかの寺(名前忘れまして)とこに小さい滝があり、その滝が滝の川という名前の由来になったとの話も聞いたことがあります。もしかしたら、この段々暗渠は名前の由来の滝だったかもしれません。
Commented by 猫またぎ at 2014-06-05 09:20 x
Owlsさん
段々とおっしゃるのは、記事の後半の暗渠ですね?
これは今回見つけた物件の中でも一番面白いものでしたね。

滝の川の「滝」は、幸ヶ谷公園の近くの権現山から流れていたもの言われていますね。
今はどこにも山などありませんが。
Commented by Owls at 2014-06-05 13:29 x
そうでしたか、滝の川の由来は幸ヶ谷の方でしたか。
あのあたりに水源があったとは驚きです。公園のあたりなら少し高台だってので、そこあたりが水源だったかもしれません。

この支流はよく見たら斉藤分町あたりだったのですね。この辺に滝の川支流があったとは知りませんでした。まして、こんな川の痕跡まであるとは。この段々暗渠は滝の川シリーズ最大級の大物という感じです。このまま水を流せば川になりそうです。こんな大物がまだあったとのかと驚いています。
Commented by 猫またぎ at 2014-06-05 18:41 x
私もまさかあると思わなかったので、長いことほったらかしておいたのですね。
まだネタはかなりありますので、よろしくお願いします。
Commented by 河太郎 at 2014-10-19 00:10 x
最後の川は捜真女学校のところから流れているそうです。
11枚目の画像の崖下の家があるあたりは昔は池があって40~50年前は子供がよく遊んでいたそうです。
段々になってる暗渠は昔は畑の中にあってまたいで渡れたと聞いたことがあります。

Commented by 猫またぎ at 2014-10-20 15:24 x
河太郎さん
昔は普通に川だったのでしょうね。
またよろしくお願いします。
Commented by 河太郎 at 2015-02-10 00:47 x
訂正
昔は赤土である時期しか水がなく蛍が飛んでいたそうです。中丸の支流は。雀荘しみずと白壁の家の間に水路があって神奈川大学入口の交差点と松本町を結ぶ道路沿いに流れ本流に注いでいたそうです。そのころはまだ舗装されていなかった。
Commented by 河太郎 at 2015-02-10 01:02 x
追伸
善龍寺には行かれましたか?結構古い寺なので詳しいことが分かるかもしれません。
3枚目の画像の道を進むと善龍寺の側に出ます。あの辺りには蓮池という池があったそうです。恐らく昭和30~40年ごろまでは。かつては龍が住んでいるという伝説があったくらい大きかったそうですがだんだん埋められなくなってしまいました。墓地を見ると名残が残っていると思います。それと、水路は横浜進学塾のほうかもしれません。
4枚目の画像のところではなく一本向こうの道に川が流れていたそうです。個々の近所には昔は山田の御膳水とよばれる湧水があって明治天皇に献上されたそうです。この辺りに古くから住む山田さんの屋号は谷戸というのがあります。
この辺も宅地化が進みましたが、祖父の代はまだ自然が残っていたのだろうなと思います。長文失礼いたしました。
Commented by 猫またぎ at 2015-02-12 17:03 x
あのあたりにお寺があったことは気づいていましたが、特にアプローチはしていません。
なるほどお寺でお話をうかがう、というのはいいアイデアかも知れませんね。

「4枚目の画像のところではなく一本向こうの道に」とありますが、隣の道はもう全然谷底でなくなってしまうので、現地ではその感じは受けませんでした。
また行く機会があれば、その辺も考えてみたいと思います。

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