自由が丘の幻の川跡をたどる
2011年 11月 18日
たまたま谷地形を発見したんです。
自由が丘駅の北の方、自由通りのあたり。
今回はこの谷を追いかけてみた様子を書いてみます。
訪問日:2011/6/4
これがGoogle Earthで見た現地の谷地形。
写真中央から左上に向けて続く谷地形。
何か川跡の痕跡は残っているのでしょうか。

これが最初に発見した谷地形。
谷底の位置を左右に通っているのが「自由通り」。
左方向が自由が丘の駅です。
自由通りに川跡など残っているはずもありませんが、この手前の左に入る道と右に入る道があります。
ここがちょっと暗渠っぽいような気がするので行ってみます。

まず左の方に進んでみると、すぐに行き止まりとなっていました。
そして突き当たりの右側には弁天様。

「谷畑弁財天」。
こんな袋小路の先にあるのが不思議な感じがしました。

やっぱり先ほどの道は関係なさそうなので、来た道を戻ってさらに突き当たりまで進み、自由通りの方向を見てみると、さらに谷が深くなっていました。
やはり自由通りのところが谷底になっています。
自由通りに降りて、右の川上方向に向かってみます。

自由通りをさかのぼっていると、何と左側が谷地形となっていました。
この写真の左右に通っている道が自由通り。
いつの間にか自由通りが谷位置からはずれています。
谷位置まで行っても、川跡らしき痕跡は見つかりませんでした。

さらに自由通りをさかのぼって、また左手を見てみると、さらに谷位置が遠くなっているようでした。
やはり谷底の位置に痕跡は見つかりません。
今度は自由通りを離れてこの道を進み、次の十字路まで行ってみます。



次の十字路で右を見ると、谷地形が続いていました。
つまり、この谷は碁盤の目状の住宅地を斜めに横切っているのですね。
そして、この谷底の位置まで行ってみると、

これは谷底の位置で右側を見たところ。
ようやく何となく川跡っぽい道に遭遇できましたが、一般の民家へのアプローチのようなので、入ると怒られそうです。

この位置で反対方向を見ると、建物と建物の境目が斜め方向を向いています。
むしろこちらの方が谷筋の通りの方向です。

奥の方をちょっとのぞき込んでみました。
はっきりしません。

さて、先ほどの道を、次の十字路まで進んで、左を見てみると、まだV字地形が続いています。
こちらへ進んでみます。

今度は、谷底に着く前に、T字路で左に曲がれる道がありました。
こちらの方向もちょこっとV字谷。
ちょっと入ってみると、

左側から先ほどの斜めの境界が続いていました。
まさにこの建物と建物の間が谷底のようです。

さて、次の十字路で右を向くと、まだ谷地形が続いています。
奥の坂を登りきると、そこは目黒通り。
もう台地の頂上になってしまいます。
最後の谷底へ向かってみましょう。

ここが谷底の位置で左を向いたところ。
立ち入り禁止の側溝が始まっています。
ようやく最後に川の痕跡らしきものに出会えました。

奥の方はというと・・・かなり先まで続いているようです。
反対側に回り込んでみることにしましょう。

反対側は、結構車通りの激しい通り。
その手前でこういう柵で終わっています。
車通りが激しいので、撮影に危険を感じました。
もうこの位置には谷地形は残っていません。

奥をのぞき込むとこう。
谷地形も終わっているし、ここが終着点としてもよさそうです。

暗渠らしいものがほとんどなかったのに、すごく面白い探索でした。
おそらくこの地は、太古の時代、ほんの小さな沢がせせらぐ何の変哲もない小さな谷だったと思いますが、その後人が住み着き、宅地化が進んで、小さな川は埋め立てられてこの世から消えていったのでしょう。
しかし、その小さな川が削ったこの地形は消されることなく、今もくっきりとした谷地形を残している。
自然の力の偉大さを感じずにはいられません。
暗渠らしさのほとんど感じられない今回のコースですが、逆にいろいろなことを考えさせられてしまいました。
今回のルートです。
by ankyo-nekomatagi | 2011-11-18 19:11 | その他東京の暗渠
