入江川支流 足洗川をたどる④
2012年 04月 06日
訪問日:2011/11/12
さて、この「大口1番街」商店街にぶつかったあと、右に曲がって商店街沿いに暗渠で進むようです。
ここから以降はほとんど暗渠らしさのない難しいコースとなりますが、ほぼ「大口通」と「七島町」の町境を通っているようです。
だとすると、

この「大口通交差点」のど真ん中を左に曲がります。
ただし、古い地図を見ると、もう少し手前で左にずれて進んでいたように書いてあります。
左右に通っている広い通りは「第二京浜」。
左に曲がったら、この写真に見える「さかぐちでんき」の隣の八百屋さんの隣を右に曲がります。

その前に、大口通交差点の手前にはこんな金網。

のぞき込むと、水がたまっていました。

第二京浜を少し進み、八百屋さんの隣を右に曲がる細道。
ここへ入ります。

暗渠っぽい細い道。
左に曲がります。

すぐ右に。

右に曲がったすぐのこのあたりで町境は細道から斜め右にそれていきます。

それていった先がこちら。
あの建物と建物のすき間でしょうか。

反対側に回り込むと、不自然なシャッターですき間が埋められていました。

ここで右を向いたこちらへ曲がり、すぐまた右へ曲がります。

曲がった先は幼稚園の敷地内に続きます。

回り込んでみると、この左側の幼稚園の敷地から出て来て、そのまま右の建物の真ん中を突っ切っていきます。
ちなみに、撮影位置のすぐ後ろは大口1番街の商店街です。

前の写真から右へまっすぐ進むとこの商店街「あけぼの通り」に、写真左からぶつかりますが、足洗川はこの商店街にぶつかる直前に左折し、この写真の左に並ぶ建物の後ろの位置を写真奥の方向に進んでいたようです。

しばらくは道路を通らないので、また回り込みますが、途中のこの細道がなかなか素敵。
はじめはここが流路かな、と思ってしまいました。

未舗装の裏道。

ちょっと飛び出したマンホール。
なかなかいい。

足洗川の続きに戻ります。
足洗川はこの建物のすき間から出てきていたようです。
そしてここを右折(写真では左方向へ)。

ちょっと角度を変えてみました。
右の端に見える建物の手前から出てきて交差点を渡り、右斜め方向の道沿いに進みます。
ちなみに、「あけぼの通り」商店街は、この交差点を右折した通りです。

奥に見える交差点の手前で、

左に曲がります。
ここはちょっと暗渠っぽい。

1ブロックで、五差路の交差点に出ます。
そして、この交差点に面した左側に・・・

これがありました。
朽ちかけた橋跡!

橋名の表示を見たかったのですが、両側ともはずされていました。
しかし、すごいものが残っていたものです。
この橋の位置を見ると、川跡は道路ではなく、道路脇の敷地内を通っているのですね。

ところで、この橋の前に一人のおじいさんが立っており、撮影のためにちょっとお声掛けしたところ、この川についていろいろと教えてもらうことができました。
ちょっと長くなりますが、以下に書いてみます。
・おじいさんはここの少し上流地点にある八百屋さんをやっている。この橋の土地もおじいさんの土地。
・このあたりが暗渠化されたのは10年ほど前。(猫またぎ注: そんな最近?!)
・この橋の名前は「せきがみばし」。(猫またぎ注: 漢字でどう書くのかお聞きしましたが、「ひらがな」と言い張って譲られませんでした。何か漢字があると思うんですけどねえ・・・。「堰上橋」とか)
・八百屋さんのすぐ脇の位置に堰があって、田に水を入れる時期に水をせき止めていた。
・堰の脇には「咳止め神社」があった。「せきとめ」の語呂合わせで作られたのだろう。(猫またぎ注: 橋名の漢字表記は「咳神橋」かも)
・この川の源流は白幡池で、大雨の時は白幡池の魚がここまで流れてきて取り放題になった。(猫またぎ注: この川の上流端は、距離から言ってこのシリーズの第2回の場所であって、白幡池は「支流」じゃないかと思うのですが・・・。白幡池は「源流の一つ」と捉えればいいのでしょうね)
このあたりの歴史を教えていただき、ありがとうございました。
ついでに、ここから下流の流路が、町境と本当に一致しているかも教えていただきたかったのですが、それははっきりと覚えていらっしゃらないようでした。
というか、ご高齢のため、うまくお答えを引き出せませんでしたw
いえ、違います。
私のコミュニケーション力不足がいけなかったんです。
いずれにせよ、貴重なお話をいただけて有難い限り。
満足です。
そして、五差路を左折して少し進むと、ここに出ました!
このシリーズの第1回のスタート地点です。
おじいさんのやっている八百屋さんはこの正面の建物ですね。
当日は営業中でちょっとこの写真を撮りにくかったので、この写真は別の日の撮影です。
足洗川は、写真正面奥の方から流れて来て、八百屋さんを回って写真右方向に向かっていました。

で、この八百屋さんと中華屋さんの間の道が川筋だと思っていたら、そうではなく、左の中華屋さんの敷地の真下が川筋だとおっしゃってました。
かつ、正面の細い道はこの八百屋さんの敷地であると。
言われなきゃ分からないなあ、これは。
ところで、この足洗川に浦島伝説があると前回書きましたが、地元の人にとって浦島伝説は非常に思い入れが強いようで、何と地名まで浦島太郎にまつわるものにしています。
「浦島町」「浦島丘」「亀住町」「浦島小学校」「浦島丘中学校」など・・・。
すごい。
そこまでやりますか。
根性入ってます。

さて、次回は白幡池からの流れをたどってみます。
(以下、2014/5/28補足)
コメント欄でOwlsさんに「ラーメン屋さんの裏の建物が撤去されてコンクリート蓋が見えている」との情報をいただき、現地確認してきました。
これはラーメン屋「黄鶴」の裏側。
確かに建物がごっそりなくなっています。
左のアーケードの下は薄暗くて怪しい雰囲気だったのですが、建物が退いて明るい雰囲気になりましたw

これが撤去後の床面。
いわゆる暗渠によくある「コンクリート蓋」ではありませんが。

こんなすき間のある所がありました。
のぞき込んでも暗くて全然分かりませんw
しかし、下に空間があることは確かなようです。
はっきり内部が確認できなかったのは残念ですが、この下に川があったことは実感できました。
Owlsさん、ありがとうございました。

それよりも現地でエラいことに気がついてしまいました。
例の「せきがみ橋」の橋名は外されていて確認できないと上で書いてしまいましたが、改めてよく見るとちゃんと書いてあるではありませんか!
前回はおじいちゃんとのお話に夢中になって、名前は書いていないと速断してしまいました。
経年劣化によって判別できないところもありますが、「せ」「き」「み」の三文字は読み取ることができました。「か」の字は漢字で書いてあるような気がしますが、よく分かりません。

こちらは反対側。
何年に竣工したかが書いてあると思いますが、肝心の「何年か」が全然判読できません!
どなたか画像処理して解読してもらえませんかww

あーあ、また詰めの甘さを露呈することになってしまいました。
まあいつも恥はかいてますからいいんですけど。
あと、この後近くの滝の川や反町川も歩き直して、ヌケがいっぱいあったことがすでに判明しています。
恥ずかしながら、後でご報告することにしましょう。
(以下、2016/5/10補足)
コメント欄でOwlsさんにいただいた情報を元に、補足記事を書きました。
大口商店街を左に折れて、あけぼの通りの裏に入るあたりの建物が撤去されて、川跡が現れたとのこと。
現地に行って写真も撮ってきました。
関心のある方はご覧になってみて下さい。
by ankyo-nekomatagi | 2012-04-06 17:25 | 横浜市の暗渠
