西新井堀をたどる①
2012年 05月 01日
訪問日:2011/12/30、2012/2/5、2012/4/28
これが、西新井堀のスタート地点と思われる場所。
「古千谷橋交差点」です。
見沼代用水親水緑道が写真奥から手前に通っていますが、ここから写真左方向に分水していたはずです。
しかし、西新井堀の上流部はほとんど痕跡が残っていません。

西新井堀の途中はこの「舎人公園(とねりこうえん)」の敷地内となります。
公園の中には広い池「大池」がありますが、昭文社の地図によれば、この池の左(東)の方を通っていたはず。
しかし、園内には全く痕跡は残っていません。

公園の南側までぐるっと回り込んでみると、ようやく見つけました。
これは西を向いて撮ったところで、右が舎人公園。
写真右から左に流れていた堀の橋跡があります。
分かりますか。

これは橋の右側(上流側)。
背の低い欄干が残っています。

これは左側。
橋名が確認できます。
「芝際橋(しばぎわばし)」。
「芝際」というのはこの辺の古い地名です。

ここから下流方向に目を向けると、水はほとんどありませんが開渠が続いていました!
しかもV字型の素掘りの開渠!!
都内でこれに近い例というと・・・狛江にあったのを思い出しますが、ほかにありましたでしょうか。
いずれにせよ稀有な例でしょう。
公園整備との絡みで偶然に残ってしまったのでしょうね。

上流側の欄干には竣工年月が書いてありました。
昭和39年3月。
50年近く前ですね。

で、この堀跡の上流方向ですが、この通りこんもりとした高台になっています。
手元の昭文社の地図では、写真奥の方から手前方向にまっすぐ南下していたはずですが、もう完全に痕跡を消されているようです。

そして、ここから西の方向にも水路跡が伸びていました。
芝際橋を渡る前に分水していたようです。
草木が茂り過ぎちゃってよく分かりませんか?

こちらは1ヵ月ほど後に再訪した時の写真。
きれいに刈られており、状況が判別しやすくなりました。

向こう側に回ってみると、こんな細い管が出ていました。
現在はほとんど水は流れていません。
すでに上流がないのですから当然ですね。
まずこの分水をたどってみましょう。

西へ進むと、堀の向こう側にも道があって、橋がかけられているところがありました。

先に進んだここも橋ですね。

で、初回訪問時は気がつかなかったのですが、水路跡の右側に池が2つあったのでした。
1つはこれ。
水草が生い茂って広さがよく分かりませんが。

そのすぐ西隣の池がこれ。
こちらは水面がよく分かります。
どちらも金網の奥で、立ち入ることはできません。

また、水路の左側にも池がありました。
こちらはちょっと水路から離れていますが、釣りをしている人が見えます。

で、初回訪問時の晴れた写真に戻りますw
「この先行き止まり」とか書いてあって、入っちゃいけない所に入っていく罪悪感を抱きながら突入したわけですが、実際には何の支障もなく通り抜けができて、通行人もちらほらいたりします。

いくつかある「橋」の一つの上から堀を撮ってみました。
水たまりができています。
これ以前の数週間は雨は降っていませんでしたので、いつも水がたまっている池のような存在になっているのでしょう。

この何ともうち捨てられた感が良いですね。
奥に見える高架は日暮里・舎人ライナーです。

先に進むにつれ、くぼみがなくなり、堀らしさが失われてきました。

日暮里・舎人ライナーのすぐ手前まで来ました。
ちょっと柵の内側に入ってみます。

境目が木枠でふさがれています。
かつてはここを水が滔々と流れていたのでしょうか。

道路の反対側に目をやると、もはや何も痕跡はなさそうです。
後日向こう側をうろついてみましたが、やはり何も見つかりませんでした。

次回は、芝際橋から下流を目指すことにします。
by ankyo-nekomatagi | 2012-05-01 17:03 | その他東京の暗渠
