川崎暗渠狂想曲【大師堀編】①
2012年 06月 01日
今回は、川崎堀から分かれた町田堀の片割れ、大師堀です。
町田堀を紹介しておいて、大師堀を紹介しないのは片手落ちになりそうなので、今回ご紹介します。
訪問日:2011/4/2、2011/4/10、2011/4/16
これは「二ヶ領用水用水環境マップ」の分岐点あたりの様子です。
ごちゃごちゃしすぎて分かりにくいですが、真ん中よりやや左の位置で、町田堀と大師堀に分かれています。

これが町田堀と大師堀の分岐点。
左に向かうのが大師堀なのですが、

すぐに排水されていくみたいな感じ。

この場所のすぐ左は、「平間配水場」です。
かつてはここから取水されて工業用水として使われ、川崎の工業化に一役買ったわけですが、今はお役御免となっています。

さて、大師堀の続きは、処理水が流されているようです。
よくある人工のせせらぎです。

大師堀には鯉も住んでいます。

このあたりは子どもの遊び場となっております。

町田堀の橋跡があった通りを越え、進んでいきます。

ここは橋跡。

町田堀とのニアミス地点でもあります。
右の道が町田堀、左が大師堀です。

いい感じではあります。

アメンボも生息。

南武線の鹿島田駅に近いあたりで、この説明板がありました。
大師堀の古地図も掲載されています。

ここは鹿島田駅の前の通り。
写真右方向に鹿島田駅があります。
正面方向に進むと、

歩道の脇にせせらぎが続いています。
この位置で左の歩道に移動します。

ここから出てきました。

途中でせせらぎは終わってしまいます。
ここは「明治橋」バス停。
どこにも橋はありませんが。

町田堀もそうでしたが、この道路の蛇行っぷりがすごい。

道路の蛇行だけが、川跡であることを物語っています。

ここは右の敷地が竹垣になっています。

歴史的な旧家のようで、市の説明板があります。
「古川の石井家と長屋門」。
文面は、
「古川の石井家は、北条氏政を祖先とし、現在も氏政とかかわりのある遺品が残る。正面の両袖型長屋門は、文政三(1820)年に再建されたもので、市内有数の長屋門の一つである。」

これが長屋門の全景。
訪問は昨年の4月10日だったのですが、

心なしか傾いている気がする。
震災の影響があったのでしょうか。

そして、この「古川町交差点」で、「下平間古川小向悪水」とニアミスします。
道路の左側の植え込みが「下平間古川小向悪水」。
大師堀の位置はよく分からないのですが。
右の歩道でしょうか。

「幸文化センター」の手前では、歩道が広くなります。

この「区役所入口交差点」で「下平間古川小向悪水」とお別れ。
「下平間古川小向悪水」はまっすぐ正面方向に、

大師堀は右に曲がっていきます。

次回に続きます。
by ankyo-nekomatagi | 2012-06-01 19:30 | 川崎市の暗渠
