会津若松の川の断片
2013年 09月 17日
先日、出張で福島県に行ってきました。
会津若松→福島→郡山と回ったのですが、川や暗渠的なものも少し見てきましたのでご報告します。
今回は、断片的ですが会津若松で見かけたもの、次回は郡山の暗渠をご紹介します。
訪問日:2013/9/10
会津若松駅の東方、千石通りから見えたこの水路、千石通りを渡って来ているのですが、先の方の様子が少しおかしい。

水路が立体交差していました!
手前から奥の方に向かう水路の下を、別の水路がくぐって、しかもその先は平行に流れています。

ここでくぐって、

下から出てくる。

その先は、高さの違う水路が並んで進んでいきます。
ちょっとこの日は時間がなく、行方を追いかけることができませんでした。
残念。

そして、次の物件です。
ここは白虎隊が自決した場所として知られる飯盛山(いいもりやま)の参道です。
「動く坂道」が設置してあって、250円払えば、楽チンで上まで登れるということになっていますが、初訪問の私は白虎隊に敬意を表して自力で登ってみました。

「動く坂道」の2号機が見えてきました。
ここからでも、150円で残りの階段をスキップできるということですが...何か橋の親柱のようなものが見えてきました。

うむ、これはれっきとした橋ではないですか!

橋の向こうには川らしきものが!

すごい勢いで水が流れています!!
こんな山の中腹に川が流れている?!
どういうことでしょうか。
この答えは後に分かることになりました。

これは飯盛山のもう一つの名物、「栄螺堂(さざえどう)」です。
非常に奇妙な作りのお堂で、内部は螺旋状のスロープを上って下るだけ、という構造になっています。
しかも、上りと下りで同じ場所を通らないのです。

これが栄螺堂の入り口。
ぐるぐると上ってそのまま同じ右向きに下って裏側の出口に出てくるという不思議な作りで、切符売り場のおばちゃんが「世界に1つしかない」って自慢してました。

さて、栄螺堂を後にして山道を下ってくると、先ほどの川の答えがここにありました。
「白虎隊士 引揚の洞窟」。

何と先ほどの川、「戸ノ口堰(とのくちぜき)」と言って、はるか遠くの猪苗代湖から引いてきた用水路だったのですね。
この当たりの工事が行われたのは江戸末期。
幕末には白虎隊が潜って避難することになったということです。

これが、「戸ノ口堰」が飯盛山をくぐってくる洞窟部分。
用水路なので、山の中腹を横切るという不自然な流れ方もうなづけます。

さて、会津若松の散策に費やせたのは半日ほど。
立体交差の謎も残り、非常に消化不良なのですが、ご報告はここまでにしておきたいと思います。
次回は、郡山の暗渠をたどった様子をお知らせします。
by ankyo-nekomatagi | 2013-09-17 12:32 | その他地区の暗渠
