古綾瀬川をたどる①
2017年 11月 07日
訪問日:2017/8/19
これは例によって「草加市史」の水路図。
番号「3」の古綾瀬川が今回のターゲットです。
やたら蛇行しているように書かれていますが、現在もおおむね変わっていません。

綾瀬川本流の脇にこんな所がありました。
住所で言うと、埼玉県越谷市蒲生愛宕町13。
川幅50メートル以上もある綾瀬川本流に併走するような、川幅10メートルの水路。
古綾瀬川の流路ではなく、後に作られた分水路かもしれませんが、現地で目立ったのでちょっとご紹介しておきます。
左方向と正面方向から水が流れ込んでいます。

左から来る流路はここを左から右に通っています。
コンクリート舗装で道路を横切っているのが印象的。
正面方向の流れは、並木道の暗渠となっているようです。

これがその並木道。
手元の昭文社の地図では「谷古田用水」となっています。
あれ?
前回までにたどった「谷古田用水」とは全然位置が違いますね。
まあ、「草加市史」の水路図は古い水路を表記したものですから、どんないきさつがあったか分かりませんが、矛盾はないのでしょう。

左方向の先には橋跡。

反対側に回ってみると、こんなごつい構造物がありましたが、

綾瀬川本流の方には何もなさそうでした。

それにしても綾瀬川は広い。
綾瀬川が古綾瀬川から付け替えられたのは江戸時代初期、ということですから、ずいぶん歴史は古い。

さて、先ほどの併走水路に戻ります。
水勢が弱いためか、藻のようなものが生い茂っています。

途中、右手に「蒲生の一里塚」がありました。

これです。
現在は周りと比べてそんなに高い位置にはありませんね。

さて、今の流れは間もなく綾瀬川本流に合流してしまいます。

これは綾瀬川の対岸から見た合流地点。
この分水路、古綾瀬川と関係あるのかないのかも分かりませんが、一応載せておきました。

で、これは近くにあった古い酒屋さん。
風情があります。

さらに近くには「藤助河岸跡」。
最初これを見た時は、綾瀬川は後に流路を変えられたので綾瀬川本流の脇にあるのはおかしい、と思ったのですが、流路を変えられたのは江戸時代初期なので、別に問題はないのでした。

「藤助河岸跡」の全景。
綾瀬川新流路のすぐ脇に再現されています。

さて、いよいよ古綾瀬川をたどります。
たぶんここがスタート地点の第一候補(さっきのは第二候補)。
住所は埼玉県草加市八幡町828-4です。
町境の通りのルートですから流路としては本命です。
古綾瀬川本流の方が水位が低いため、逆に水門が必要になっているのでしょうか。

振り向くと、大きな四角い金網と、車止め。

一直線の暗渠が始まっています。

途中、右から支流が合流。

こちらもまっすぐ。
念のためたどってみると、

一般道を車止めとともに越えていき、

ここで痕跡は終了です。
この左右に通っている道自体が水路跡と思われます。
この方面の追跡はここでやめて、本線に戻ります。

ガードレールの先の交差点からいよいよ紛れのない古綾瀬川が始まります。

交差点の斜め右方向を見る。
暗渠らしきルートの奥には金網があり、

その先から、地図にも川として書いてある古綾瀬川が始まっていました。
次回からここをたどっていきます。

ちなみに、前回までにご紹介した「谷古田用水」のスタート地点もたぶんこの交差点。
左右のどちらかの歩道がそれなのでしょうか。
あまりにも頼りない感じで、面白みもないのでご紹介はしませんでしたが。

次回に続きます。
by ankyo-nekomatagi | 2017-11-07 12:00 | その他地区の暗渠
